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皆さんは、ご自宅のご自宅のリフォーム工事やインテリアデザインを計画したときに、なにを基準に業者の選定をしますか?
工事価格、施行実績、信頼性、評判、会社の規模など、判断基準は沢山ありますよね。
やはり最終的には、会社の規模がある程度あるところが信頼できて、施行実績あって、なおかつ工事価格が安ければその業者に決めてしまいますよね。

 確かにトイレや風呂場などの水廻りの改修工事は、水漏れ事故の無いような信頼性とできれば安さを重視しますが、毎日の生活の中心の空間で、お客様を招くその家の「顔」となるリビングルームやダイニングルームなど、デザインセンスが求められる空間のデザインは、信頼と価格では任せられないはずです。
 では、依頼する業者(デザイナー)のデザインセンスの善し悪しを判断するには、どのようところを観て判断すればよいのでしょうか?

ホームページに、カッコ良くてお洒落なデザインの実績写真を沢山掲載している会社でしょうか? それとも、お客さんのご要望をすべて「イエス」で聞いてくれる会社でしょうか?

 僕は、まずお客様からご要望をいただいて、その後お客様と色々な沢山のお話をする中で、お客様の潜在的にあるご要望を感じ取り、お客様にご提案して形にできる能力を持つ会社(デザイナー)にデザインを依頼する事が一番の選択であると考えております。

僕は、フリーランスのデザイナーです。
数社のノーネームのデザイン会社経て現在に至っております。
少しでも、磯章夫にご興味を抱かれた方に、デザイナー・磯章夫が現在に至るまで、どのような仕事をしてきて、どのような事を考えて、何を考え何をしようとしているのかをご紹介して、箇条書きのプロフィールと案件名を羅列した業務実績では伝えきれない、磯章夫を知っていただきたく、とても長いコーナーですが設けさせていただきました。






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プロフィール

クリエイティブプレイス タイドランド デザイナー
クッキングサロン タイドランド 抵糖質料理研究家
磯 章夫(いそあきお)

1960年(昭和35年)5月13日。
東京都北区の実家で生まれました。
小、中学校は地元の公立学校に通い、高校は東京都立北高等学校に進学。
武蔵野美術大学造形学部芸能デザイン(現:空間演出デザイン)学科へ進学。
デザイナーの道を歩み始めました。
大学卒業後25年間で、インテリアデザイン会社、イベントデザイン会社、設計事務所、など数社を経て2009年に独立し、現在に至っております。

(記:2016.03.09)

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職歴

■ノーネームのデザイン会社で仕事をして得たもの

 右の写真は、サラリーマン時代にチーフデザイナーとして勤務していたデザイン会社のエントランスホールの写真で、勿論この空間は僕がデザインしたものです。

移籍を重ねること、6社のデザイン会社で仕事をさせていただきましたが、どの会社もデザイン業界ではノーネームの会社ばかりでした。
 大手のデザイン会社のように仕事が細分化されていないので、仕事が多岐ににわたっていました。
 ですから今思えば、仕事をおぼえるのにも最適な環境で、自分の手掛けた仕事が最後までできるという達成感も味わう事が出来ました。
 しかし、一番苦労したのは、「ノーネームデザイン会社」の宿命で、競合相手に大手のデザイン会社が参加した時のデザインコンペです。
 いつもいい所まで競合するのですが、大手=信用、と言う部分で、なかなか契約までは結びついて行きませんでした。 

 それでも諦めませんでした。大手に勝つには、クライアントからの評価が僅差では負けてしまうので勝つためには、「圧倒的なデザイン力」と「圧倒的なプレゼン力」をつけるしかないと、がむしゃらに頑張って力をつけて行きました。
 その結果、大手デザイン会社と対等に戦える力をつけ、競合相手を負かして受注する事が出来るようになりました。この時の頑張りで、様々なスキルを身につけました。今思うとこの時期の頑張りがあって今の自分があるように思います。

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オフィスデザイン経験して得た事(オフィスデザインと時代背景)

 大学を卒業して入社した会社が、オフィス家具やオフィス機器を販売する会社でした。
僕の配属は、デザイン設計部という部署でした。この会社での出来事を書き始めると、あまりにも複雑で濃厚な内容で書ききれないので、何かの機会に皆さんとお会いしたときにでもお話しさせてください。(笑)
何はともあれ、最初の会社での仕事が、僕がオフィスデザインと出会った原点になります。

 当時は、NTTの民営化、OA機器のパーソナル化、そしてバブルの幕開けの時期で、フィス業界は活況を呈していました。

 世の中が空前のバブル景気に踊らされ、同時期に通産省(現、経済産業省)は「ニューオフィス」という言葉を作り出し、OA(オフィス・オートメーション)に適したオフィス作りを提唱しました。
この頃の時代背景は、工場を生産の場とする第2次産業(鋼業、製造業)を原動力として経済成長を遂げてきた日本の産業構造が、オフィスを生産の場とする第3次産業(第1次、第2次以外)へと移る時代でもありました。
ブルーカラー人口とホワイトカラー人口が逆転した頃でもありました。

 通産省が作った「ニューオフィスの指針」では、机や椅子を新しくする事がニューオフィスではない。と言っていましたが、
書かれている内容は、ほとんどがオフィスのハード(建物や機器)を新しい基準に取り替える事が詳しく書かれており、オフィスワーカーに対するケアに多少触れていましたが、具体的にはしましていないものでした。
 つまり、「ニューオフィス」とは通産省(国)主導のオフィス機器業界の活性化策だったわけです。
ありとあらゆる企業がバブル景気の税金対策のために、それまで使っていた古い机や椅子を捨てて、こぞって新しいオフィス家具を購入して新しいスタイルのオフィスをつくり始め、空前のオフィスブームがやってきました。
「仏つくって魂入れず」のニューオフィスづくりでしたが、それでも、結果的には日本の「事務所」が「オフィス」へと移行するきっかけを作りました。

オフィスデザインが本当の意味で重視されたのは、バブル景気が崩壊した後です。

バブル崩壊直後から就職氷河期が1993年から2005年まで続き、オフィス家具業界も活気を失いました。
2006年から3年間は、輸出産業の好転から、一転して新卒者の求人倍率が上昇するのに呼応してオフィスにデザインを導入する企業が現れてきました。
この状況を一番牽引したのが「外資系企業」です。

 日本企業は優秀な人材を獲得するために人気の外資系企業のオフィスのデザインを取り入れました。
例えば、自分のデスクを特定しない「フリーアドレスデスク」の導入やコミュニュケーションを誘発させるためのカフェのようなスペースをつくりなど、
それまでの日本のオフィスでは考えられないオフィスづくりを企業は採用して、「魅力的な企業」を演出して優秀な人材の獲得のために様々な工夫をしました。
この一連の動きが日本のオフィスデザインの質を向上させたと思います。


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一部上場某商社(大阪/船場)

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外資系医療品メーカー(東京/神田

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総合印刷会社(東京/銀座)

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一部上場商社(東京/大崎

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外資系保険会社(東京/青山)

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外資系化粧品会社(東京/目黒)

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外資系化粧品会社(東京/目黒)

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■オフィスデザイン経験して得た事(オフィスデザインに求められる事)

 右の手書きスケッチや図面、3Dグラフィックパースは、プレゼンテーション用に作成したもので、外注ではなく全て僕が描いたものです。
クライアントが求める用件によって、伝える表現方法(プレゼンテーションの手法)も変えます。

 インテリアデザインとは、空間をデザインする事ですが、皆さんが馴染み深いインテリアデザインと言えば、オシャレなジュエリーショップやリッチなレストラン、そして毎日過ごしているお部屋やダイニングのある住宅のインテリアデザインが頭に浮かぶのではないでしょうか?

オフィスデザインと言っても、何をデザインするのか、あまりピンときませんよね。

オフィスデザインに求められる要素を知るには、
居住空間店舗空間オフィス空間のデザインを同じ項目でそれぞれ比較してみると解りやすくなります。

一つ目は、その空間を利用する人は?
二つ目は、その空間をどのような目的で使用するのか?

居住空間を主に利用する人は、居住者本人と家族です。
デザインの目的は、主に居住者が快適に生活のするために、機能性や視覚的な癒しなどをデザインする事が多くあります。

店舗空間を主に利用する人は、お店のスタッフとお客さんです。
デザインの目的は、物販店であれば、お客さんの商品購買意欲を向上させるデザインであり、飲食店ならば、料理を美味しくさせる演出をして、また食べにきたいと感じさせるデザインをする商業目的です。勿論スタッフが動きやすい動線や床面積あたりの売り上げを向上させることもデザインに求められます。

そして、
オフィス空間は、社員ですが、社員も一年生新人社員から、会社によって異なりますが主任、係長社長、課長、部長・・・・そして社長、会長など役職者がいます。その他役員や株主などの存在があります。また部署も営業、開発、総務、経理、人事・・・など、また企業独自の部署もあったりもします。
 来客者も顧客、仕入れ先、協力会社、銀行・金融関係、税務関係・・・など多種多様の来客があります。
 オフィス空間をデザインする目的は、そこで集う人々の想像(創造)力を引き出し生産性を向上させる事です。
生産性を向上させるためには、デザインによってインフォーマルコミュニュケーションを活発にさる仕掛けをつくります。ビジネスシーンでは、定期的な会議よりも、何気ない会話から新鮮なアイディアが生まれると考えられているからです。
ですから外資系の企業では、社内にバーラウンジのようなリフレッシュルームを作ったりして、繋がりの薄い社員同士の偶発的な接触の場を作って、社員の持っている潜在的アイディアを引き出そうと工夫しているのです。


居住空間店舗空間オフィス空間、どの空間作りも、デザイン設計するための事前のヒアリングは入念にしますが、
特にオフィス空間は、居住空間と店舗空間の要素も含み、なによりオフィス空間のデザインは、そこに集う様々な人の特性や関係の情報を性格に理解して、コミュニュケーションをデザインしていく事が一番大切な重要なのです。

オフィスデザインが注目されて、店舗を中心にデザインしていたデザイン会社も参入してきましたが、とてもお洒落なデザインをしますが、コミュニュケーションのデザインという部分でつまずいていましたね。

僕のデザインは、オフィスデザインがベースになっているので、お洒落なお店や、ホテルのバーラウンジなどを中心にデザインをしてきたデザイナーさんの奇抜でお洒落なデザインにはかないませんが、人と人とのコミュニュケーションのデザインには、少し自信があるのです。

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デザインコンペ/コンセプト・イメージコラージュ

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デザインコンペ/平面プラン・3Dパース

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デザインコンペ/デザインコンセプト

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デザインコンペ/イメージスケッチ資料例

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オフィス/ゾーニング例

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オフィス/レイアウト例

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デザインコンペ/CGパース資料例

コニカ
デザインコンペ/CGパース資料例

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転機(転職)

■転職で5名の会社から10.000名超のグループ企業まで多様な経験

 1985年(昭和60年)からデザイナーとしての第一歩を踏み出したのは、マンションデベロッパーを子会社に持つオフィス機器販売会社のデザイン設計室でした。当時不動産バブルの波に乗り、会社は急成長して行きました。しかしバブル崩壊で急降下、僕が在籍していた親会社の何十倍もの規模に成長した不動産業の子会社は、木っ端みじんに崩壊しました。そのあおりを食らって僕が在籍していた親会社まで身売りをする事になってしまいました。

 ここから、僕のジェットコースターのようなサラリーマン人生が始まりです。当時は、一つの会社で定年まで勤めあげることが当たり前で、転職などメジャーではありませんでしたが、このバブル崩壊によって、雇用のあり方が一転したと言っても過言では無いほど、劇的に雇用関係に変化が起きました。

 転職先は、社員規模10.000人を超す、その名を聞けば誰もが知っているグループ会社のある会社のデザイン部に6年間、その後、展示会のブースをデザインする会社に1年間、設計事務所に1年間在籍しました。この頃の転職の事を書き始めると、とても面白いのですが、非常に長くなってしまうので、もし皆さんとお会いできる機会があって、ご興味がございましたら、そのときに詳しくお話しさせていただく事にします。

 そして2002年に、今まで勤めた会社の中では最も企業規模の小さな会社に転職しました。
 入社してみて解った事ですが、この会社はデザインをしている形跡もなく、実績も当然ありませんでしたが、僕が好きなようにデザイン部を作れることだけが魅力でそのまま勤めることにしたのです。
 仕事があれば土日も休まず、徹夜は当然のごとくこなして、次々にデザインコンペで仕事を決めて、3年で入社時6名の社員の会社を、40名を超す会社に育て、本当によく頑張ったと思います。
しかし、その代償となったのが自律神経失調症の発症でした。真冬だと言うのに毎晩2回以上うなされて目が覚めて、絞って滴るほどに汗をかいたシャツを取り替えるほど身体が悲鳴をあげていましたのです。
 顔は土色になり幻覚を見るようになって、のどの粘膜が全て口内炎になって、3ヶ月で2回の入院生活。殆ど鬱病になりかけていたようです。
 かかりつけの医者に看てもらうと、直ぐにでも会社を辞めないと取り返しのつかない事になると助言され、会社を辞める事にしたのです。
この頃のエピソードも沢山ありますが、長くなってしまうので、別の機会とさせていただきます。

 その後、僕の実績をかわれて、デザイン責任者兼経営戦略室長で役員として来てほしいと言う会社の誘いがあり、第一線から少し離れているので身体にも負担をかけないだろうと考え、その会社にお世話になる事にしました。

 ここまで数々の転職をしてまいりました。
5名の小さな会社から10.000名を超す日本を代表するグループ企業・・・、多種多様な環境の会社で働く経験ができた事は、人が集う空間デザインをする仕事をする僕にとっては、そこで集う人の気持ちを、身を以て感じる事ができた何よりの宝とも言える経験でした。

 酷使してボロボロになった身体も徐々に癒えてきて、役員として勤めだした会社の業績も順調に上がり始めたその矢先にあの事件が起きました。
2008年9月15日、アメリカ合衆国発の「リーマンショック」です。
僕のいた会社にとって最もタイミングが悪い時にこの事件が起きたのです。

 事件が起きる数ヶ月前に営業攻勢をかけるために、会社内の様々なところに設備投資をしてを銀行から多額の融資を受けていました。
経済が普通に推移していれば、この程度の借金など数年で返済できるはずでしたが、「リーマンショック」を機に、銀行の融資がストップしてしまったのです。

「金の切れ間が、縁の切れ目」ということわざがありますが、まさに「金の切れ目が、会社の終わり」でした。

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当時の図面は全て手描きでした

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美大で鍛えたデッサン力が役にたった

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着色はカラーのマーカーを使って

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大型の案件も手描きの図面

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展示会のブースデザインも

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思い切たデザインができる

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4日で壊してしまうはかないデザイン

転機(独立と介護)

■独立と両親の介護経験から得たもの

 リーマンショックの影響は、バブル崩壊以来の経済破壊で勤めていた会社は、社員の生活を守る(給与保障)のため役員報酬の90%カット(事実上の退任)を決めました。
 自宅勤務と言う形で役員を退任した会社のサポートに対するわずかな報酬と知人を通じてのデザインの仕事をして、現状をしのいで景気の回復を待とうと考えておりました。

 しかし、僕の乗るジェットコースターは、まだ走り続けていました。

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独立して最初のデザイン(保険会社オフィス)

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独立して最初のデザイン(保険会社オフィス)

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独立後のデザイン(スナックを焼き鳥屋に改装)

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独立後のデザイン(スナックを焼き鳥屋に改装)

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独立後のデザイン(美容整形外科/待合室)

出会い

■糖質制限食との出会い

ローカーボフードとは、糖質を制限した低糖質食のことを言います。僕とローカーボとの出会いは、2014年3月です。この前の年の暮の2013年12月に認知症を5年間患っていた母が他界しました。介護していましたが、さらに胆管癌を発症し、それが原因でした。父は母が亡くなる2年6ヶ月前に食道癌で他界したので、3年以内に両親を失ったことで少しの間は喪失感で、何もやる気は起きませんでしたが、これではいかんと、休止状態だったFacebookを復活させて、ある料理グループに入って投稿を始め、そこから糖質制限関連のグループに入ったのがスタートです。 25歳で実家を離れて、一人暮らしを始め、その頃から料理を趣味としていたので、Facebookのごく普通の料理グループに入会して投稿をはじめました。そのグループを通してFB友達もできて、パソコンを介してですが、様々な年齢や職業の方々と楽しいコミュニケーションをとる事が出来ました。 ある日、Facebookの画面を見ていると、右側に「糖質制限ダイエット」「糖質制限食実践中」のバナーが目に入り、クリックしてみると、糖質を制限した食事の投稿グループでした。長年の介護のストレスのせいか、生まれて以来最高の体重だった僕は、迷わずこの2つのグループに入会したのがきっかけでした。

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新しい分野への挑戦

■デザイン × 抵糖質料理

 ローカーボフードの代表的な食品は、「肉」「玉子」「チーズ」です。糖質は殆どの食品に含まれていますが、この3つの食品には,全く糖質が含まれていないか、極めて少ない含有量だからです。一般的にダイエットの時の食事は、野菜や果物を中心にして、脂の多い肉は避けるように言われていますし、デトックスをアプローチとしてダイエットに繋げる方法では、玄米や五穀米などを勧めています。しかし、この低糖質ダイエットは、これら一般的なダイエットから、180度違うと言っても過言ではないダイエット食の方法にビックリしました。 こんな虫のいい話はあるものか・・・と僕自身も疑っていましたが、好奇心旺盛でチャレンジャーの僕の性格が、「とりあえず,1ヶ月試してみよう」と始めました。すると、2週間で4キロ、さらに2週間で4キロ面白いくらいに体重が減り続け、ダイエットを始めて10ヶ月で15キロ減量する事が出来ました。しかし、この食事は、最初に述べたように、中心になる食材が、肉・玉子・チーズなので、これらを調理してお皿に盛りつけた時に、黄色と茶色が目立ち、食欲をそそるような色合いではない事に気付きました。 折角、効果的なダイエットなのに、これではこのダイエットが広まって行かないと感じていたので、僕のデザインの経験と知識を融合させて、「食べてみたくなるようなローカーボフード」を作ってこれを広めて行こうと考えました。 ウォーキングやランニングも今では人気のエクササイズになりましたが、それはお洒落なウェアやiPodなどで音楽を聴きながらエクササイズをするスマートでお洒落なファッション性が爆発的に参加人口を増やしてきたと僕は考えるのです。ですから、ローカーボフードにもフォッション性を取り入れて、デザイン×クッキング(デザインとクッキングの融合)を形にして行こうと考えました。

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